お侍様 小劇場

    “秋と言ったら (お侍 番外編 95)
 



最近では様々に技術革新が進んでのこと、
旬でない時期にも豊富に手に入る作物が増えた。
キュウリやトマトなどは温室栽培により、
キャベツやレタス、ジャガ芋などは、
生産地ごとの収穫期をズラして調整することで。
消費者の手元には、
品質にばらつきのない良品が不自由なくの確実に届くし、
豊作が過ぎてのこと、
食い合いで値崩れを起こした挙句、
せっかくの収穫を廃棄…なんていう不条理なケースも、
一頃に比べれば、ずんと少なくなったそうで。

 「とはいえ、冬場にイチゴが、
  それも目玉商品として出回るのは、
  今でも何だか微妙ですけれどもね。」

 「ですよねぇ。
  ネットでもスィーツの専門店が、
  2月頃に“イチゴフェア”とかやってますしねぇ。」

一番寒い時期にそれってどうよって感じですものねと、
リビングの掃き出し窓の縁に腰掛け、
やれやれと苦笑しもって肩を竦めたのが、お隣さんの平八で。
あんまり手入れがいいとは言えないだろう、
あちこち撥ねていてちょっぴり赤い彼の髪を、
少しほど秋めいた陽が甘く暖めており。

 「とはいえ、わたしもネ、
  ゴロさんがお土産にって産地から取れ立てのをもらってくるんで、
  それでやっと“今が取れどきかぁ”って判ったものも少なくないですし。」

てへへと舌を出したのへは、今度は七郎次がありゃりゃあと苦笑する。
だがだが、冗談抜きに…子供に限らず大人にも、
いつが旬かが判らない作物が今時には少なくない。

 「まま、それを言うなら、最近に限らずなものも多いのでしょし。」

冬至に食べたり、ほくほくした印象から、
カボチャは冬の野菜だと思う人が多いそうだし、
逆に、青菜の代表っぽいものの、
実はホウレン草は冬野菜だったりもしますが、
そっちは 昔っから季節違いな時期にも出ていたんで、
結構ずっと誤解されてたらしいと聞きます、と。
言いながら平八が手元で2つに割ったのが、
ちょうどそのカボチャを餡にした、七郎次特製のふかしまんじゅうで。
お仕事の合間にと工房の外へ出て来た彼を、
おいでおいでしてお茶へと誘った島田さんチの主夫さんは、
相変わらずにお料理が上手でおいでらしく。
とはいえ、

 「すいませんね、昨日はパンプキンパイに付き合わせたのに。」

香りのいいお茶を出しつつ、
申し訳なさそうに眉を下げてる七郎次であったりし。
知り合いが大きいのを5つほど送って来たんですよ、と、
彼が隣家へおいしそうな煮物を持ってったのが昨日の昼どき。
その午後のお茶の時間に、
やはりこうしてお茶をしつつ供されたのが、
そりゃあ見事な網目の飾りにくるまれた、
カボチャのパイだったのを言っているらしい。
それから今日がこれと来ては、
さすがにうんざりでしょうと、気を遣っておいでなようで、

 『保つ野菜だと言われてますが、
  アタシの要領が悪いんでしょうか、
  すぐに中の綿のところからカビさせてしまうので。』

早速そうならぬようにと、
煮物のほかは冷凍保存出来るペースト状にしたものの、
それでも随分な量が茹でられた状態で“未決”扱いになってたのだとか。
ちなみに、こちらのお宅では、
昨日の晩餐は 秋サケのムニエルにカボチャの煮物とカボチャのポタージュ、
今日の次男坊のお弁当には、カボチャコロッケが入っているとのこと。
微妙に恐縮している七郎次なのへ、

 「何 言ってますか。」

平八は“あはは”とそれこそ笑い飛ばしてしまい、

 「ウチだって シチさんトコと変わらぬ男所帯ではありますが、
  そんなたくさんのカボチャがいきなりやって来たらば、
  もっとずっと右往左往しちゃいます。」

はぐと、生地とのバランスも甘さの味付けも絶妙なかぼちゃまんに齧りつき、

 「ちゃんと調理までしてくださって、しかも美味しいんですもの。
  幸運でこそあれ、すいませんと言われる筋合いじゃありません。」

にゃは〜と屈託なく笑う彼なのへ、
金髪の美丈夫も、やっとこ安堵の吐息をついて、
釣られるように微笑って見せると、自分もおやつに手を延べた。
煮物ほど淡白な甘さにしなかったのは正解だったなと、
うんうんと頷いておれば、

 「季節感がなくなりつつあると言いながらも、
  秋じゃないと…ってものもまだまだありますよね。」

指先に付いた餡をペロリと上手に舐め取って、
平八がそんな風に話を続ける。
実は次に取り掛かるのが、
石焼き芋とスイートポテトを扱う路販車なのだそうで、

 「そうですねぇ。
  さつまいもは芋掘りからして秋のイベントみたいなもんですし。」

本人はこれが一番楽だという座り方、
スムースデニムのきれいなお膝を、
きちんと揃えた正座という格好で、
小首を傾げて ふふと微笑う七郎次であり。

 「あと柿や栗も、加工品でなら年中ありますが、
  取れ立ての風味豊かなのをって食べ方は、今しか出来ませんものね。」

みかんやリンゴも年中出回ちゃあいるが、
そっちの旬も本来はもうちょっと待ってから。
梨はどうです?
ああ、あれも加工品はちょっと味気無いですよねと、
秋ならではな“美味しい話”で盛り上がっておれば、

  「………お。」

二人が背中を向けていたリビングの、廊下側の戸口から、
この家の家人がもう一人、ほてほてとご登場。
今までおいでだったのではなく、
学校から帰って来たばかりなのだろう、制服姿の彼だったが、

 「久蔵殿? あれ、随分と早いお帰りでしたね。」
 「……。(頷)」

衣替えが済んだばかりのブレザーは、
さすがに暑かったのか玄関先ででも脱いだのだろう、
腕へと抱えていた彼だったが、
カバンは通り道にあったソファーへ置いたのに、
上着はそのまま抱えている彼で。

 「部の方はどうしたんですか?
  確か部長さんは国体への代表に選ばれて千葉に行ってましたよね。」

ひょいっと、
舞いの振り付けでもそうは立ち上がれまい なめらかさで、
フローリングの床から立った七郎次が訊いたのは。
剣道部の部長さんが不在だからって、
勝手に早上がりして来たのじゃあと案じたからだが、

 「〜〜〜〜〜。」

ううんとかぶりを振った彼が、上着の陰から取り出したのは、

 「あっ。」
 「おや。」

今時はプラスティック製のものが主流なので、
ちと珍しいだろう竹製の偏平な手提げタイプのカゴへ、
弾けんばかりにぎっちりと詰まっていたのは、

 「うあ、栗ですね。それも随分と大粒だ。」
 「ええ、これはなかなかの逸品ですよ。」

ですが…と、七郎次はそれを見せてくれた次男坊を見やる。
両手で提げ手を持っての、なかなか丁寧な捧げ方でもあって、
どうぞという態度に他ならない…のは、

 “わたしでなくとも判ろうってもんですが。”

だというに、
もっと判りにくい代物であっても、
この子の感情や意志の発露には人一倍鋭い七郎次おっ母様である筈が、
微妙に…困り顔ともとれそうな表情になっているのはどうしてか。

 「久蔵殿、駅前の八百屋さんで買った訳ではありませんね、これ。」
 「…。(頷)」

○○栗園という、観光農園だろう栗林のあったところのしおりが、
カゴには入っているのだが、
一番ご近所の八百屋さんは売りものは市場で仕入れておいでなので、
このカッコで仕入れたものをそのまま並べて出すというのはちょっと例がない。
やっと出回り始めたばかりの栗が、
例えば路上販売で扱われるのはもっと先だろうし。
となると……?

 「久蔵殿。」
 「栗園に行った。」

そこで かっくりこと小首を傾げたのは、
栗は嫌いだったのですか?と訊いているものと思われて。
目許に軽くかぶさっているけぶるような金の髪と、
そのベール越しにこちらを見やる、
紅色の双眸の真摯な表情を目撃してしまっては、

 「ああ、ごめんなさい、久蔵殿。
  せっかくお土産にって持って帰ってくださったのにね。」

一体どうして…茨城と記されてあるそんな遠方へまで、
向かうこととなった彼なのかを問おうと思った七郎次だったのだが。
彼にしてみりゃあ、
甘いものが好きな七郎次を喜ばせたいからという想いだけで、
出かけたんだろうというのも察せられ。
そんな心優しい愛し子を、あっさりしょげさせてどうするかと、
そっちの母性が勢いよく吹き出したようで。
白い手を延べるとカゴを受け取り、
もう片方の手では帰って来たばかりの坊やを、
その懐ろへまで引き寄せている。
ふわりと軽やかな彼の髪からは、ほのかに草いきれの匂いがして、
長く野外にいたのは歴然としており。


  今日は剣道部の全員で千葉の国体会場まで、
  三年の兵庫さんの応援に行った。
  二限だけ授業を受け、あとは公欠扱いになるとかで、
  教室まで先輩が呼びに来るまでうっかりと忘れていた。
  試合後は現地解散だったのだが、
  帰りに茨城の栗園へ大きく迂回した久蔵だったらしい。


という“全貌”は、
まずは勘兵衛が、駿河の“草”の方々からの報告から知り、
それから…寝物語という格好で、数日後に七郎次へと伝わったらしい。






   〜Fine〜  10.10.04.

あんずいろapricot×color サマヘ 素材をお借りしました


  *100の大台を前に足踏み。女子高生が楽しいのが悪い。(おいこら)
   ちなみに、久蔵さんが栗拾いに寄り道をしたのは、
   朝のワイドショーで小布施の栗特集をしていたのを見て、
   シチさんが“わあ美味しそうですねvv”と言ったから。
   高階さんを始めとする草の皆様を率いて向かってる辺りは、
   立派にお坊っちゃんです。
(笑)

  *ちなみに、関東圏では茨城が生産量ナンバーワンだそうで、
   関東圏の観光果樹園は

    http://www.city.kasumigaura.ibaraki.jp/kankosuisin/kajukankou/kanko%20kuri.html

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